Japanese calligraphy’s history

飛鳥時代

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■今も昔も情報技術は「支配の道具」

書道では、文房四宝という言葉があるが、紙、墨、筆、硯の発展が大きく影響する。

飛鳥時代、紙の伝来と製紙技術が伝わったのかは未だに謎であるが

聖徳太子が仏教を尊信し法隆寺を建立するなど、仏教の興隆に伴い写経が盛んになった。

そして、国家機構が整理されはじめ戸籍用紙のような公共紙が大量に必要とされ書道は急速に普及する。

つまり、飛鳥時代以前でも述べたように、文字は人を支配するために実用面で使われることで普及していった。

■六朝書道が初上陸も、明治時代の再上陸まで評価されず

日本の書道は百済よりの六朝書道から始まる。

※当時の百済と現在の朝鮮は民族が全く違うと考えて良い。

書を愛好する者でも「六朝書道」を知らない人も多い。

しかし、現在の書道は明治に花開くが、その中心似合ったのが六朝書道である。

※六朝:三国時代の呉、東晋、南朝の宋・斉・梁・陳の総称。その後,隋→唐となる。

聖徳太子が遣隋使を派遣したことで、朝鮮半島経由ではなく、中華大陸から直接日本に入ることになる。

聖徳太子の自筆とされる『法華義疏』4巻は六朝風であるが、『金剛場陀羅尼経』が唐風であるのはその変遷の好例である。

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左 『法華義疏』 右 金剛場陀羅尼経(伝聖徳太子筆)

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唐風の代表 『九成宮醴泉銘』 欧陽詢

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