Japanese calligraphy’s history

明治時代

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■和様から唐様へ

「御家流でなければ書にして書にあらず」といわれた御家流全盛の江戸時代にも唐様を書くものがあり、

その多くは文人墨客・儒者・医家などであり、あくまで芸事、趣味としての書道であった。

明治政府になったことで、前政権の情報技術であった和様「御家流」を否定するため

実用性の乏しかった唐様「菱湖流」へ切り替えられるのである。

これを最後に日本が平安時代より受け継いてきた和様は衰退し、逆に、唐様「菱湖流」が表舞台に出てくる。

政治の中心の太政官の文書課に、巌谷一六・日下部鳴鶴・長松秋琴・菱田海鴎・北川泰明などの唐様の書家が

権力を持つことになり、宮中府中の文書は唐様で執筆されるようなり、日本の書風に一大変遷となる。

当時の唐様といえば、西では海屋流、東では菱湖流・米庵流などが新派の頭目であった。

しかし、この唐様「菱湖流」の天下も10年程しか続かなかった。

■六朝書道の広がり

楊守敬(1880年(明治13年)に来日)により日本における六朝派の書風が始まる。

その後、中林梧竹の留学と楊守敬により、御家流を滅ぼした唐様「菱湖流」に代わって

唐様「六朝書道」が全盛期を迎えるのである。

菱湖流とは?

欧陽詢の書法を取り入れた新鮮で明るい菱湖の書風が明治維新の新興の感覚に受け入れられ、

明治政府の官用文字は御家流から菱湖流に改められ、後に、菱湖の楷書は一世を風靡する。

菱湖の門弟として中沢雪城が師風をよく継承し、のちに巌谷一六・西川春洞などの大家を輩出。

また、菱湖の門弟の巻菱潭が習字教科書の執筆者になるなど、菱湖流は主に教育面と実用面でその後も貢献する。

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左 月桂冠ラベル 日下部鳴鶴  右 中林梧竹

■六朝書道とは?日下部鳴鶴と中林梧竹

明治に入り唐様全盛を迎えることになるが、それまで貧弱な版本を頼りに研究するより他に方法のなかった。

しかし、1880年(明治13年)4月、楊守敬は清国駐日公使 何如璋の招きで漢魏六朝の碑帖13000点を携えて来日し、

4年間在留したことで一変する。

特に漢碑や北碑に注目が高く、奈良時代以降、日本の書は晋唐・宋・元・明清の書を中心に参考にしてきた。

楊守敬の新しい漢碑や北碑は巌谷一六・松田雪柯・日下部鳴鶴らの注目を集め、ほとんど日課同様に楊守敬を訪ね

書法を問い、これが六朝書道流行の発端となった。

一方、中林梧竹は同じ六朝書道でも考え方が違う。

その原因は、1882年(明治15年)中林梧竹が余元眉(よげんび、長崎の清国理事府理事官)とともに渡清し、

楊守敬の師でもある余元眉の師 潘存(はんそん)を訪れ、書法の研究をし、帰朝後、日下部鳴鶴らと交流したが、

楊守敬の説とは往々見解が異なっていた。

梧竹の留学と楊守敬の来朝が、六朝書道が盛んに支持される最大原因である。

国家でも影響力ある日下部鳴鶴も1891年(明治24年)に渡清している。

■徐三庚の影響

西川春洞は日本で秋山碧城が清国から持ち帰った徐三庚の書を学び、徐三庚へ傾倒した。

当時は通常、楷書・行書・草書を学ぶまでであったが、春洞は書域を隷書・篆書まで広げた。

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左 日高梅溪  右 顔勤礼碑」 顔真卿

■帖学派(保守)と碑学派(革新) 国定教科書への採用が分かれ道

帖学派とは法帖を手本として支持する人たちで、石碑を支持する碑学派に対する呼称。

ヨウ・二王や、王羲之の系譜である蘇軾・黄庭堅・米フツ・趙孟フ、そして董其昌などの書を支持する人たち。

明治に入って盛んになった清人の碑学派との交流により、北碑の書などを中心にこの碑学派に走る新しい思潮が生まれた。

しかし、碑学派に同調しない帖学派の成瀬大域、長三洲、日高梅溪、吉田晩稼、金井金洞などは伝統的な書を守ろうとし、

唐の顔真卿の書法(顔法)を主張した。

そして長三洲の門弟の日高梅溪が国定習字教科書の執筆者となったことで、明治初期の書風は顔法となった。

■かな

政府が公式書体にしたとはいえ、末端までに広がるには少し時間を必要とし、庶民の間では「御家流」が使用されていた。

平安時代の和様である上代様(かな書)に対する知識の普及に力を傾倒した「難波津会」(なにはづかい)が

1890年(明治23年)に三条梨堂、東久世竹亭、小杉榲邨、高崎正風、大口周魚、阪正臣、田中光顕らによって創設された。

現在、書道業界に和様で上代様(かな書)が残っているのは、茶の湯と彼らの活動のおかげでもある。

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